一段重くか、一段軽くか

   
   

 医学とは不確定な科学であると言われます。その意味するところは、物理学や数学の場合などと異なり、こうやったら必ずこうなるというものではないということです。それが理由でか、臨床医学の常識に病を一段重く見るという原則めいたものがあります。つまり、見立て違いや手遅れが起こらぬようにしつつも100%正しい判断というものはありませんので、念には念を入れて最悪の場台を念頭におき、そのつもりで患者さんに臨むという立場です。医療の現場が死と直接的に向き台う場面の多かった歴史の重みをそこからも汲み取ることができます。お医者は病気からの不十分なる情報を前に、何としてでも患者さんを救いたかったのでしょう。
  さて歯科においてはどうでしょう。歯科も外科系の医学の一分野ですから、同様に考えるべきと筆者も習ってきました。今でもそう教わっているのでしょうか。
  ここで歯科医学の特質を思い起こしてみましょう。一般に考えられるよりはるかに現在の歯科医の守備範囲は広いのですが、歯科を歯科たらしめているそのユ二-クさのもとはやはり歯という臓器の特異的な性質に由来していると思われます。つまり現在のところ歯科の主たる仕事は硬組織であるエナメル質や象牙質の病気の治療です。つまり二度と再生しないそれらの削ったり詰めたりです。そしてもう一つの歯科の特質が死に直結しないという点です。もちろんこの後者は現在にあっては歯周病菌が血管内のアテローマプラークを引きはがす一因子であり、それによって脳こうそくや心筋こうそくを起こすこともあるという事実が分かってきたのですが、やはり直接的に歯で死ぬ訳ではありませんし。
  以上の二つの歯科医療の特質に加うるにというか前者から帰納するに、硬組織つまり歯への歯科医の治療行為は不可逆的であるということを申し添えねぱなりません。つまりムシ歯の穴も削り過ぎたりした歯も今日までのところ二度と再生しないのであるというコトの重みを十二分に認識すべきと思うのです。歯の病気のみならずそれに対する歯科的治療行為も両方とも不可逆的で、元には戻らないのです。決して。
  するとそこで良心的であろうとする歯科医は、あたかも自身の家族を診るがごとくに少々やってみて、ダメならまた順次より重い治療行為をしてみると……。かつて習ったこととは逆に現症を一段軽くみて治療するという態度をとることも大いに意味のあるいき方であると思えてきます。
  そして八十歳にあっても二十本くらいは歯を残しましょうとか、治療より予防が大切ですヨとかの最近の歯科医療の大きな流れがあります。これは医療が進めぱキュアよりケアといった当然出て来る考え方ですが、歯科にあってはより切実なことであることがこれ でお分かりになりましたでしょう。何しろ元に戻らないからこその予防の重要性なのです。皆様のお口の状態を一番良く知りつくしている近所のかかりつけ歯科医をぜひ十分利用ください。そしてより良い人生(WellBeing)を追求し、生活の質Q・O・L(Quqlity Of Life)を高めていただきたいと思います。
  今日の臨床医学は死ぬか生きるかの次の時代にすでに入っています。その突破口は実に歯科であったのかも知れません。
                                                            澤野宗重(澤野歯科)