かめよ かめかめ

   
   

  2001年に入り、私達は21世紀を迎えました。振り返ってみると、20世紀は科学技術がかつてない進歩を遂げた時代でしたが、その進歩の陰で、人間の心や身体、そしてこの地球の環境や生態系にゆがみが生じて来ていることも否めません。
  人間の基本的な欲求であり、また生物としての生命維持の基盤である「食」についても同様です。例えば、かつては食材といえば自分の生活圏の中で生産されたものがほとんどでしたが、昨今ではスーパーの店頭に並べられた食材の生産圏を読み上げてみると、世界一周が出来るほど多くの国から輸入されています。世界の人口約60億人の内の8億人もの人々が食料不足に苦しんでいる一方で、この国に住む私達は「飽食」に慣れてしまっているのではないでしょうか。
  また、1960年代に始まった高度経済成長や、1970年代のファストフード店の日本上陸などの時代の変化の中で、食べ物はいつでもどこでもお金さえ出せば手に入れることが容易に出来るようになったため、現代に生きる私達は一時的に空腹感を感じることはあっても、ひもじい思いをすることはほとんど無くなっています。また、食品や食事の形態も、色とりどりのカップ麺などのインスタント食品やスナック菓子がコンビニエンスストアの陳列棚に並んでいることからも分かるように、とりあえず手軽に空腹感を満たすのに都合の良いように変化して来ています。
  一方、ある調査では、コーンスープ・ハンバーグ・スパゲティ・ポテトサラダ・プリン・パンという現代の代表的な食事を学生に食べてもらい、その時にかかった時間と咀嚼(噛んだ)回数を計ったところ、平均して11分間で602回と言う結果が出ました。ちなみに、邪馬台国の女王卑弥呼が食べていたと言われるハマグリの潮汁・鮎の塩焼き・長芋の煮物・カワハギの干物・ノビル・クルミ・クリ・もち玄米のおこわという食事では、51分間3990回という結果だったそうです。また、昭和初期の庶民の食事例、大豆のみそいため・たくあん・野菜のみそ汁・にんじんと大根などの煮物・麦飯では、22分間1420回であったといいます。
  これらを比較してみますと、3世紀の卑弥呼の時代から現代までの約1700年の間に、食事時間で5分の1、咀嚼回数で六分の一への変化ですが、昭和初期から現代までの70年程の間では時間・回数共に2分の1になっています。この急激な変化は、20世紀の社会の急速な変化によってもたらされたものと言えましよう。
  このように十分に噛まずにすぐ飲み込めるような食事が当たり前になり、ゆっくりと食べることが無くなると、「香り」「味わい」「歯ごたえ」「歯ざわり」「舌ざわり」といった言葉は死語となってしまいます。本来、「食」の醍醐味は、折々の季節の素材を使って調理されたものを、視覚・触覚・味覚・嗅覚・聴覚といった五感を総動員して楽しむことにあるのですが、軟食・早食いをしていると、これらの感覚が育たなくなったり、鈍くなったりするのです。
  ですから、グルメを楽しもうと思ったら、日頃からよく噛んで、これらの感覚を鍛えておくことも必要ではないでしょうか。本物の味を見極めることができるようになるためにも。
  また、ゆっくりと噛みながら食べると、成長期のお子さんの発育が促されるばかりでなく、血糖値がゆるやかに上がり、少量の食事で満腹感を得られるので、結果として肥満の防止につながります。さらに、噛むことによって分泌される唾液に含まれる酵素の働きにより、食物に含まれる添加物や発ガン物質が分解されるとも言われています。そればかりか、脳の血流が増加し、大脳皮質の活動が活発になり、記憶・認識・思考力・判断力・集中力が高まることも知られています。そして、この事は高齢の方では、痴呆の予防にも役立っているのです。
  このように、よく噛むことによって得られる効用は数多くあります。現代の生活の中で、「忙しい」「時間がない」と言って、ついおろそかにされがちな食事。その大切さをもう一度見直してみたいものです。
  昔の人は言いました。「鶴亀の齢願わばツルツルと飲まずかめ、かめよかめかめ」と。もっともです。現代に生きる私達も、この言葉をよく噛みしめてみたいものです。
   
                                     (鎌倉・大船歯科医師会 鶴岡明 鶴岡明歯科医院)