犬歯のため息

   
   

門歯と奥歯の中間的存在

  ヒトにも猿にも猫にもありますが、なぜか「犬歯」と呼ばれています。わが国では、「糸切り歯」という風情のある名前もついています。門歯(専門的には「切歯」)と奥歯(同じく「臼歯」)の間に位置し、軽く口を開けると口角のあたりにチラリとのぞく。門歯が平たいスコップのような形なら、奥歯は凸凹のある挽臼のような形、犬歯は円錐に似て先がとがり、形態的にも両者の中間的存在です。
 肉食動物では発達し、草食動物では退化傾向にあります。獲物に食い込み、引きちぎるといった猛々しい獣性の象徴として、強大な犬歯は恐怖の対象となるようです。その意味では、虎歯・獅子歯・能歯などと呼んでも悪くないかもしれません。 そう言えば、かの吸血鬼毒ドラキュラをはじめ、洋の東西を問わず、あまたの魔物・怪物の類いも犬歯が発達しています。犬歯、危うきて近寄らず、といったところでしょうか。

隙間が足りないと八重歯に

 発生学的には、受精して半年くらいから歯胚(歯のモト)ができ始め、生後6年ほどで歯の頭の部分が完成、小学校高学年前後で生えてくるのが一般的です。その頃には、すでに前後の歯が生えていることが多く、もし何らかの理由で犬歯の生える隙間が足りない場合、正規の位置より外側(時に内側)にズレて出てきてしまいます。いわゆる「八重歯」は、日本ではチャームポイントとして愛されることも多いのですが、西洋では忌避される傾向のようです。そのせいか、若い女性歌手の八重歯がいつのまにか「正常な歯列」になっていた、なんてこともままあります。比較的短期間のことであれば、歯を抜いた後、何らかの処置をされたのでしょう。

縄文時代には「風習的抜歯」も

  特に異常もないのに、犬歯が抜かれることがあります。縄文時代後期の人骨には、上顎の左石の犬歯が抜かれたものがあり、これは自分の部族と他の部族とを識別するための「風習的抜歯」という説が有力です。最も歯根の長い犬歯を抜く「技術」があったことも驚きですが、麻酔も鎮痛薬も抗生物質もない時代のこと、縄文人の勇気と忍耐力には、ただ敬服するばかりです。                                             (小林 晋一郎 こばやし歯科)