歯は物語る

   
   

 イラク戦争復興時に、戦争ジャーナリストの橋田信介さんと小川功太郎さんが銃撃された事件があった。遺体の損傷が激しく身元確認のため、家族の方と共に東京歯科大学助教授が同行した。歯科法医学の専門医である。かつて群馬県御巣鷹山で日本航空機が墜落し500余名の命が消えた事故を覚えておられるだろうか?身元確認に出向いたのは、歯科法医学のスペシャリストたちである。
  また、つづく台湾での飛行機事故には、私の友人の父の遺体確認に、歯科医であるその友人自身が歯科法医学の先生方と身元確認に出向き、新聞で取り上げられた。
  このように遺体の損傷が激しい場台、歯が身元確認に非常に役に立つ。実際、飛行機事故のような遺体の損傷の激しい場合では、団子状の肉片の中に歯が埋まっているような場合もある。それでも個々の治療痕跡や歯科のカルテとレントゲンがあれぱ身元確認につながる。
  歯科医院には、警察からよく問い合わせがある。ほとんどが腐乱死体の身元確認のための口腔内カラー写真である。レントゲンを添えているものもある。一瞬で自分の仕事でないと判るものがほとんどであるが、たまに治療内容が近い場合は、よく調べて見てみる。また、スタッフに見覚えがないか聞いてみることもある。
  話は変わるが、患者さんの顔を見るより、口腔内を見たほうが前回の治療を思い出すことが多々ある。久し振りに来院された患者さんの治療痕跡を見て、自分の治療か他医院の治療か大体判別がつく。言い換えるならぱ、それ程歯科の治療は医院によって個性が反映されるといえる。また、技工物も朽ちることが少ないため、その特徴を大いに残し、法医学的には大変役に立つ。
  大学時代、法医学の授業はもっとも楽しかった。推理探偵の面白さだ。現実に起きた事件の解明だから臨場感がある。また、授業で取り上げるのは、最近起こった新鮮な事件なのでなおさらである。
  たとえぱ、ある痴漢の舌を被害者が噛み切った。すぐに各病院に警察から連絡が入り、隣町の医院に、のこのことやって来た犯人の裂傷部に被害者の歯形を当てるとびったりと一致した。授業のスライドで歯形と一致する裂傷部が写る。「物的
証拠である。犯人はその場で逮捕された。なるほど。無事捕まって、良かった。
  授業で公開されるのは、成功例であるから、必ず歯科法医学のお陰で最後には犯人が逮捕される。まるで大岡越前か、水戸黄門か、勧善懲悪のドラマを見ているようである。
  朽ちることの少ない歯は、原始人の生活習慣も表現している。歯の磨耗状態から当時の食生活や年齢が推察される。気になるむし歯は、三万年前の旧石器時代で1%(集めた歯百本)であった。五万年前のネアンデルタール人の歯は今のところ259本見つかっているが、むし歯はゼロである。
  何万年も朽ちることのない歯が、現在むし歯で簡単に侵食されていく状態をみて、何か一抹の不安を感じさせられる。
                                                  田中 直人 (ミキプラザ歯科医院)