真のオ−ラル・リハビリテ−ションを目指して

   
   

 受精したヒトの(というか哺乳類の)卵子が子宮粘膜に着床すると、多量の養分を母体から受ける結果、それまでの桑実胚にまで達していた分割細胞はある一定の様式で配列の移動を受けて上皮膜をつくる。この膜を胚葉と呼ぶ。そうしてこの胚葉から将来の各組織が発生し、ひいては各器官の発生原地となる。というふうに筆者は学生の頃、発生学の授業で習った。そして深く考えることもなしにきてしまったのだが…胚葉には三枚の区別があって、字のごとくに外側にあるものを外胚葉、内方にあるものを内胚葉、両者の中間にあるものを中胚葉と称する。そういった事柄が自身の将来の診療時にどんな意味をもたらすことになるのかも当時は分からずじまいであった。

 外胚葉、内胚葉、中胚葉はしだいに分化して種々なる器官になってゆく。外胚葉からは体表を覆う表皮や毛、爪、汗腺などの上皮。また鼻腔及び副鼻腔の粘膜上皮、眼球内の諸構造物、嗅党器、平衡聴覚器、視覚器の上皮等、また内側に入り込む形での神経系。そのほか口腔前庭や歯科では義歯を乗せるくらいまでの口腔粘膜上皮、そして歯の白いエナメル質。要するに神経以外は大体体表面の、外から一番刺激を受けやすい故の丈夫さを要求されるところと思って間違いない。ちなみに内胚葉からは消化管の上皮に代表される体内部の上皮があげられる。そして、中胚葉からは種々なる内臓の上皮があげられるが、歯科的には特に結合組織や骨などの支持組織、歯の象牙質、筋肉、心臓、血管、リンパ管、血液等があげられる。

 ここで、視点を口の中に限定して考えてみよう。まず口腔粘膜は義歯が乗るくらいまでの前方は外胚葉性。そして歯のエナメル質ももちろん外胚葉性。つまりこれらは外界に対し丈夫に作られている。ところがいったんむし歯になって、痛みを感ずるところの象牙質が露出すると、これはもう中胚葉性の弱いデリケ−トな世界なのである。同じく歯周病に罹患し、歯周ポケット部のアタッチメント(エナメル質と根部セメント質の境界部への歯肉上皮接合部)の壊れたヒトの歯周、つまり歯の病んだ生え際も、本来露出してはいけない中胚葉性の体の内部の弱い部分が外界にじかに露出してしまっているとも言い得るだろう。あたかも寝たきりで十分なるケアを受けられずにいる人の臀部に生じた褥瘡のごとくに。

 今までは自然治癒能力のない部位の多い歯科医療の特殊性・困難性を説明すれば済んだが、以上の理由でさらなる視点を加える必要が生まれた。眼科でいうのなら、目の外科的手術をしたあとの眼鏡を作る、というところまで全部面倒を見ないと直ったと言ってもらえないーそれがこれまでの歯科医療だったのである。というところまでを語れば済んだのが昨日の歯科医療なのだと。

 最新のインプラントも、内部の中胚葉性の骨に植えられた人工歯根は外胚葉性の歯肉を突き破って直立しているのだが、その生え際には神様だけが作ることのできるアタッチメントは生じず、当然自前の歯のようにはいかず新たな問題を抱えたままさらなる日々のケアを必要としつつガンバルしかない。また、なぜインレーにしろクラウンにしろ再び悪くなるのかも、その答えの鍵が実はここにある。つまり象牙質に達したむし歯も歯の生え際の歯周病の箇所もすでに丈夫な外胚葉性ではない。体内と同じ中胚葉性の、弱い本来体の外にさらされてはいけないところなのだ。セメントでインレーを合着しても、微細な亀製から唾液とともに細菌は進入する。すると、もうそこはいきなり中胚葉が外界にさらされているのと何ら違わないことになる。

 すなわち歯科医療とは、疾病を治すことと、械能を回復させるリハビリテーションとが分かちがたく一体となっている。そして、そのはざまを突く形で様々なる問題がたちふさがる。しかし、最近の考え方での、口腔内の治療した箇所を外胚葉性の性質に戻すことが可能であるならば、それは非常に持ちの良い丈夫なる環境に戻せるということでもある。今回の話で、詰め物やかぶせ物をほどこすという機能回復のリハビリテーションは当然として、その前に何らかの操作によって象牙質や根のセメント質を守ってあげる、という新たなる挑戦も、おおかたの歯科医はしているということを知っていただきたいと思う。
                                                          澤野 宗重  (澤野歯科)